「第5回米百俵賞」にクリッシャー氏を推薦
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                                      平成13年1月16日
財団法人長岡市米百俵財団
理事長 長岡市長 森 民夫 様
                              東京孜孜の会代表 大原 精一
                              長岡孜孜の会代表 柳 和久
                              長岡高校昭和44年卒 一同


第5回「米百俵賞」推薦の件

拝啓

貴団、益々ご清栄の由、お慶び申し上げます。

貴団の米百俵関連事業について、年々活動が充実されることを嬉しく思っております。

さて標記の件、別紙のようにバーナード・クリッシャー氏を推薦させて頂きます。

何卒よろしくご検討賜わりますよう、お願い申し上げます。

末筆ながら、貴団の今後益々のご発展をお祈り申し上げます。


                                           敬具




バーナード・クリッシャー氏の功績

1.自己の原体験によるカンボジア支援の原点

バーナード・クリッシャー氏は、1931年にドイツで生まれたが、ナチスのユダヤ人迫害の為、6歳の時に両親と米国へ出国した。
自分の親族の多くは、ナチスの強制収容所で亡くなっており、ナチスのユダヤ人虐殺は決して忘れられない彼の原体験となっている。

その後、ニューズウィーク特派員としてカンボジアのポル・ポト派の大虐殺、内戦を体験取材した。
ポル・ポトは約200万人の大虐殺を行った。
特に、45,000人に1人の割合で医師を残した他は、医師、教師、技術者、弁護士、芸術家等の知識人を全て大虐殺の重点的対象とした。
従って、カンボジアには各分野の専門家が全く存在しなくなり、書籍、教育施設等の文化・教育の基盤が総て消滅したと言える。

バーナード・クリッシャー氏は、そのようなカンボジアの実状と、自分の原体験を重ね合わせ、マスコミ人としてではなく、一個人的ボランティアとしてカンボジアの復興の為に全面的支援活動を行うことを決意したのである。


2.カンボジアの復興は子供たちへの教育しかないと確信

国が独立し、自分達の生活を自分たちで作り上げる為には、子供たちへの教育こそ最も重要な事業であり、2つの基本理念が必要であると同氏は言う。
(1)魚を与えるのではなく、魚をとる方法を教えること
(2)見返りを期待するのではなく、自立心を育てること
将来的に本プロジェクト関連で教育を受けた人々が、大人になって他の国、地域に対し、又教育振興の為に学校を建設しようと言う運動が展開された時、ようやくこの運動は完結するであろうと同氏は言っている。


3.バーナード・クリッシャー氏のカンボジアでの功績

同氏は、カンボジアにおいて、多方面に渡る支援活動を実施している。

(1) 世界銀行の協力により、民間の募金額と同額の補助金が提供されるシステムを構築し、募金者の名称が付けられる学校を建設する活動を行っている。
目標200校であり、既に25校が開校し、現在55校が建設中である。
日本全国において、個人、団体、企業、学校同窓会等の幅広い支援活動が実施されている。
(2) 無料診療病院の開設
市民が無料で診療を受けられる病院を開設したものである。
(3) 図書館の開設
プノンペン大学がポル・ポト派の開放後には、図書館には一冊の本もなかったと言われており、図書館及び書籍は、現在のカンボジアにとって貴重な存在である。
(4) 孤児院の開設
カンボジアには内戦の為、孤児が非常に多く、しかも公的孤児院の施設がない状況である。
同氏の支援により開設された孤児院には多くの子供たちが寄宿しており、学習の就業の為の技術を学んでいる。
(5) マラリア防止の為の蚊帳を贈る募金活動の実施
日本国内において、募金活動を実施している。
(6) カンボジア新聞の発行
プノンペン(首都)において、カンボジア新聞を発行し、人々に祖国復興に関する支援をマスコミ活動を通じて行っている。


4.バーナード・クリッシャー氏と米百俵

同氏は、「米百俵」を英訳されたドナルド・キーン氏と同じ大学の同期生であることは奇縁であった。
それ以上に、同氏は米百俵の話を我々より聞くやいなや、『米百俵精神は、自分がやってきたこと、これから活動展開する為の最も基本的理念となるものである』と極めて深い共感をされた。
又、それを育んできた長岡市に非常に強い関心を持たれ、一度ぜひ訪問したいとの意向を示されている。


5.バーナード・クリッシャー氏を『米百俵賞』に推薦する理由

私共、長岡高校昭和44年卒(長岡孜孜の会、東京孜孜の会)一同は、カンボジアに小学校を贈ると言う「米百俵プロジェクト」を通じて、バーナード・クリッシャー氏と巡り合った。
「長岡発の世界に向けての米百俵精神」が継続的に展開される為にも、バーナード・クリッシャー氏の活動を(財)長岡市米百俵財団として評価して頂き、日本国内、世界中に輪が広がることを願うものである。

                                              以上

東京孜孜の会代表 大原 精一
長岡孜孜の会代表 柳 和久
長岡高校昭和44年卒一同



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