柏木義円
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柏木義円は与板西光寺に生まれた。15歳で水原の広義館に入門し、新潟師範を経て東京師範を卒業した。

群馬県碓氷郡土塩小学校教員時代にキリスト教に出会い、明治13年京都の同志社英学校に入学した。在学中、新島襄に「同志社の後事を託す」とまで言わしめた逸材である。

その後群馬県細野東小学校長を務め、明治30年安中教会の牧師となった。

柏木義円は地味で寡黙な人であったが、翌31年から38年間続けた「上毛教界月報」(全495号)では、平和主義、人格尊重、思想言論の自由を掲げ、軍国主義的風潮の中で、否応なく戦争に突入していく世の中に警鐘を鳴らし、幾多の弾圧にも屈することなく戦争の「不当性」を現状分析に基づいて粘り強く訴えた。

昨今良好な関係を取り戻しつつある日韓関係を見るに付け、韓国併合に反対した柏木義円の権力に屈しない強靭さと他民族の独自性を認めその権利を侵さない正義をあらためて評価しなければならないと思う。