十返舎一九(じっぺんしゃいっく)と与板
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「東海道中膝栗毛」や「江ノ島土産」で有名な十返舎一九(1765〜1831)は江戸時代後期の代表的な戯作者である。

この十返舎一九は※「越後の七不思議」に興味を持ち、都合3回越後を訪れている。このうち1回目の文化11年(1814)と2回目の文政元年(1818)には我が町与板へもやってきていた。

この2回目の訪問の後、文化3年に刊行された「滑稽旅烏」によれば、与板・徳昌寺に滞在して取材した「狐の七夜の祝」と言う話が載っている。

以下その内容をご紹介します。

「ある日の夜更け、庭先で大勢の人が酒盛りをし、歌ったり踊ったりして騒ぐ声がするので、家の人は目を覚ました。不思議に思って起きて出て見ると、人もいないし何の気配もない。しんとしたいつもの夜と同じであった。あまりにも不思議に思えるので、庭に降りて調べて見たが、何のこともない。翌朝、主人が庭先に出て見ると、庭の奥に狐の穴があり、最近、その穴の狐に子供が生まれたらしい。穴の端に、どこから持ってきたのか、数多くの魚があり、骨や野菜を食い散らかした跡がある。さては、狐が安産したので、七夜の祝いでもしたのだろうかと、大笑いしたことがあった。」

与板には先日ご紹介した 大坂塔婆 の老狐の伝説があり、また、与板に隣接する逆谷村(三島町)には狐の詫び証文の伝説も残っている。かくのごとく、与板の西丘陵一帯は人と狐の関わりの深い地区なのである。一九が取材したのもきっとこのように語り継がれている話の中の一つであったものと推測される。


※【越後の七不思議】
越後国にある七不思議。刈羽郡西山町妙法寺の燃風火(天然ガス)、西頸城(くびき)郡名立町の四海波、中頸城郡妙高山赤坊主八滝、新津市柄目木(がらめき)の臭水(くそうず)(石油)、中蒲原郡村松町河内墓坊塔、栃尾市の塩谷塩水、中頸城郡柿崎町米山腰の燃石。また、火井・臭水・かまいたち・波の題目・逆竹・八房梅・弘智法師遺骸などともいう。