塩之入の塩井戸 
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教育委員会だより10月号に紹介された『塩之入塩井戸』をさっそく取材に行ってきました。
(これが新企画の「ちょっと気になるポイント」の第一弾になります)

志保の里荘を過ぎて数百メートル行くと右手の道路脇に真新しい塩井戸の案内板が目を引く。
案内板には以下のことが書かれている。

             塩之入塩井戸の由来

この井戸は、古来文献にに記載され、越後の地図、越後薬泉、越の風車、越後奇談、越後野誌、越後名寄等に記載され、俚諺に弘法大師がこの里に住む貧しき老婆に授けられた塩井戸といわれ、里人が食塩の代用とし、又、湯治用用に常用した霊泉であった。
先の大東亜戦争中は遠方の人々まで、昼夜をわかたず汲み取りにきてその恩恵に浴した。
今度塩之入隧道の改修と道路拡張工事が施工され、井戸のある所も道路の下に埋もれることとなり、与板土木事務所は元井戸より導水し道路の法外に新たに貯水井戸並びに階段を設けた。
与板町は貯水井戸の覆い工事を施工し、永久に保存することとなった。
                                与板町教育委員会



この案内板から右手(志保の里荘方向)へ2〜3メートルのガードレールの切れ目に、塩井戸への階段はある。この塩井戸は残念ながらカギがかけられており、中を見ることは出来ない。又、そのすぐそばのあぜ道には、この霊泉を老婆に授けたと伝えられている弘法大師をお祭りした祠もある。

それにしても、立派な案内板がありながら現地へ降りてみると、カギのかかったコンクリート造りの小屋があるだけというのはいかにもお粗末。ここは、霊泉を持ち帰られるように改善を望みたいところである。