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山沢、それに連なる槙原地区は古くから村落が形成され、須恵器(5世紀頃朝鮮から伝わった)の出土や、平安時代の『延喜式(927年完成)』・鎌倉時代の『吾妻鏡』に地名の由来や皇女高松院妹子内親王の御領であったことなどが記載されている歴史ある土地である。 この地にある山沢の阿弥陀如来像は平安時代の作風を残した木彫りで、おそらく鎌倉時代の作ではないかといわれている。 阿弥陀如来とは、サンスクリット語の無量寿(無限の寿命)と無量光(無限の光明)の合成音写語で、浄土三部経の観無量寿経に詳しく書かれているとのことである。 この山沢の阿弥陀如来像は素朴な中に毅然とした量感を示し、顔面は穏やかな気品を漂わせ、膝の高さは低く、いかにも滑らかな作風である。 その姿全体からは、柔らかく優しい心が感じられ、宗教的理念を表現する印は第一指と第二指を捻じ、膝の上で組み合わせた上品上生印(じょうぼんじょうしょういん)で、極楽浄土を分けた場合の最上位を表しているのだそうである。 この阿弥陀如来像は当初宝寿庵と言う庵寺の本尊であったが、廃庵になったため、現在は山沢集落開発センターに安置されている。 |